試験監督官は英語を話せない!
一時期、私はプラプラと身の定まらない時期を過ごしていました。その頃、時々やっていたアルバイトが「試験監督」です。もともと英語に関心があったこともあり、選ぶのは英語関係の試験が多かったと思います。自分自身、就職や昇進で有利になると言われる、あの定番の英語試験を時々受けていたからという理由でもありました。
あの「アレ」の会場に、受験者ではなく監督官として足を踏み入れると、さっそく意外な真実に気づかされます。 ――実は、試験監督官のほとんどは英語を話せないのです。 嘘のような本当の話ですが、これがまぎれもない事実です。黒やグレーのピシッとしたスーツに身を包み、時計を睨みながら厳かに歩いていると、いかにも知性溢れる優秀なエリートに見えますよね。でも、その中身は驚くほど英語とは無縁だったりします。見た目とは裏腹に、スーツはただのハッタリなのです。
何度か同じ会場に通ううち、顔見知りのスタッフも出来てきます。その中の一人に、どこか落合信子さんを彷彿とさせる、気風のいい女性がいました。
あるとき、なんとなく「椅子の配置や机の向きは、こう変えたほうが受験者から見やすいしリラックスできますよね」などと、受験者目線で話したことがありました。すると彼女は、面白そうに私を見つめながらこう尋ねた。
「ねえ、あなた自身もあの試験を受けてるの?」
気まずさに苦笑いしつつ、私が「実は、自分もこの試験を受けたりしているんです」と言葉を濁しました。
試験監督はあなたの仕事ではない
試験が始まる前の受付で、韓国人の受験者が困り果てた顔で立ち往生していました。どうやら日本語があまり分からないらしい。周囲のスタッフが慌てふためく中、私は受付に歩み寄り、英語を交えて対応してしまいました。
それをそばで見ていた彼女は、なぜか少しそっけない態度になった。不思議に思っていると、彼女はぼそりと、しかしハッキリとこう言ったのだ。 「あなたは、こっち側いるべき人じゃない。早く自分のいるべき場所に戻りなさい。誰でも簡単に英語なんて話せないのだから」
その言葉は、どこか胸に突き刺さるような響きを持っていました。試験監督という名の「借り物のスーツ」を着て、ただ時間をやり過ごしているだけの自分を見透かされているようでした。
それからしばらくして、今度は私が「受験者」として、あの定番の英語試験を受ける日がやってきました。会場に入り、ふと前を見ると――なんと、そこにはあの彼女が試験監督として立っていました。
目が合った瞬間、彼女はふっと小さく笑った気がしました。 スイッチが入った私は、その日の試験で全力を出し切り、結果として最高点を叩き出すことになりました。
エピローグ
その数ヶ月後、私は大学の遺伝子解析の研究室で働いていました。そこでのミーティングは基本的に英語で行われていました。
そして巡ってきた次の試験日。会場となったのは、なんと自分の職場の隣の建物でした。
久しぶりに顔を合わせた彼女に、私は少し誇らしげに伝えました。 「今、この隣で働いているんです。毎日の会議も、英語なんですよ」
私はその時の彼女の笑顔が忘れない。

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